古屋博敏 オフィシャルサイト
『君が小澤征爾氏が音楽監督を務める”東京のオペラの森”の調律師なのは知っているよ。僕も出演したからね。君が調整したピアノはパーフェクトだ。このピアノならば国際放送の収録にも十分使えるよ。』

ユンディ・リ(2000年ショパンコンクール覇者)
『上海万博のドキュメンタリーは、SMGにとって大きなプロジェクトであり国家事業だ。それ故、日本で最も信用の置ける調律師を探していた。今回は、ユンディ・リのパートナーとして君を指名したい。』

SMG(上海メディアグループ)プロデューサー
短期間で繰り広げられ、変革されて行くドラスティックな活動範囲
古屋博敏から一本の電話が鳴った。
『今の公式サイトに使われいる対談は、今の自分にはマッチしていないと思えてなりません。度々申し訳ないのですが、対談を再度行って、記事にしてもらえないでしょうか?』
こう切り出された。しかし、前回の対談から僅か一年足らずであり、そう簡単に対談式の取材を行うにも納得が行かない。しかし、ウェブ上や事務所サイドから提出された資料を見る限り、彼が現在行っている活動領域は、確かに一年という短い期間にも拘わらず、大きく変貌を遂げていた。結果、私も文面の作成依頼を承諾し、今回の対談へと話が進展したのである。

約一年振りに再会することになったが、リハーサルで多忙との事で、対談は音楽スタジオで行われた。ピアノや大型の音響機材、電子楽器が所狭しと並べられており、素人の私も目を見張るような興味深い場所での対談となった。
『これは、話が弾むだろう』
そんなことを頭で巡らせながら、話は始まった。彼はいつもながらの冗舌であった。

筆者:『何故前回の対談が、既に自分には古臭いと感じたのですか?』

古屋:『今、自が考えている活動領域におけるイマジネーション、若しくは関わっている仕事の内容は一年前と全く違うものになっています。エンターテイメントの世界って、動きが物凄く早いんです。だって、ついこの間までは”いざなぎ景気”等と言っていた時代が、金融危機で一気に不景気のどん底まで突き落とされた訳です。僕達の仕事は、いわば広告会社の収益がモノを言うところがあって、そこで流れがストップしてしまえばそれまでです。アーティストだ何だとは言っても、自分では、広告の末端にいる人間だと思っています。それがビジネスモデルですし、事実昔の音楽家達もパトロンに支えられていました。現在はパトロンという立場が、企業の宣伝広告費で、僕達にその収益が流れるという仕組みですから。なので、この時代が良いとか悪いとかではなくて、その時々に併せた対応が必要になって来るというだけだと思っています。その対応というのが、より緻密で客観的に世間から必要とされる人間になることだと思うんです。最近会ったレコード会社のA&Rから言われてヒシヒシと感じたのですが、自分はまだまだ未知数の部分が多くて、何かをやり遂げたかと思っていても、所詮それは世間の目からすればほんの僅かな実績でしかないと。A&Rさんはこう言っていました、”なあ古屋君、凄いなってものを見せてよ”。正直相当に凹みましたよね、だってメディアであれだけ日本を代表するとか、世界的にとか書いてもらって、それでもまだ”凄いと思わせるものを見せろ”と言われた訳ですから。そこで再度自分を見直して、更なる発展を遂げることを決意して、事務所側に了承を得ました。”全て自分の責任の下で物事を動かすから、手を貸して欲しい”と嘆願したんです。結果的に最終的な意思決定は上層部が行いますが、僕にそれなりの発言権が与えられました。以前からフロトマンとしての立場は与えられていましたが、物事そう簡単ではありません。それなりの妥当性のある説得が必要です。
ある程度の妥当性というものが認められ、今の活動領域へと進んだ現在の姿が、年に数回しか読まないであろう自分の対談を再確認してみて、余りに幼稚に思えてしまったんですよ。決して”いとうさん”の文面がということではなくて、一年前の自分が回答していた内容がですよ』

筆者:『確かに、この一年間で古屋さんのキャリアは大幅にアップしていますよね。資料を拝見する限りは、かなりの方々との共演や、相当な規模の音楽祭にも出演しています。それでも、A&Rの方からはもっと凄いものを見せろとのお達しだった訳ですね。悔しさがよくよく伝わってきます。でも、これまでにも多くの外タレ、若しくは世界のスーパースターと仕事をして、バンドクルーとしての功績も相当にあると思うのですが、それでもまだまだなんでしょうか?クラシックの世界でも、世界的な権威ある音楽家や音楽祭もサポートされていますよね。歌手だって、ファッションモデルだって、国際線の航空雑誌に掲載されるほどの内容だと思えてしまうのですが』

古屋:『それ僕も主張してみました。そうしたら、ビリー・ジョエルと仕事をした人間は、数万人居ると言われましたよ(笑)。自分がスペシャルだと思っていても、もっとマクロな目線で見れば、自分はまだまだなんだと痛感しました。それで、更なる挑戦と共に新たなる路線を走ることにしたんです』
過去の実績に興味は無いし、単発の仕事をキャリアとは呼べない
筆者:『そうは言っても、実績は実績ですよ?』

古屋:『確かに今の言葉には語弊があったかもしれませんが、元々僕は自分の過去の仕事に対して、興味が全く無い人間だと思います。今後のことを考えると”この実績が必要になる”とか、”キャリアが必要になって来る”といった計算は立つのですが、だからと言って、僕が消化した仕事に敬意は払いますが、それにしがみ付くつもりは全くありません。以前の自分は過去の自分であって、いかに今後を考えて行くかに興味があります。だから、自分が掲載された冊子やテレビ番組なども僕自身では殆どその資料を持っていないんですよ。全て会社が管理してくれていないと、引越しの時に無くなってしまうんです(笑)。過去の栄光にしがみ付いていては、今後の更なる繁栄に結び付かないし、何も先々の事を考える余地も失われてしまうでしょう。それに、そのキャリアというのも、継続的に仕事が回ってきた時にこそ初めてキャリアと呼べる訳で、一回何かの拍子で自分に巡ってきたものはキャリアとは呼べない。もしかしたら、他に代役がいなかったから自分に回ってきたかもしれない訳ですよ。大音楽祭で抜擢されたからと言って、それが単発なのか継続的なものなのかでは全く違う印象を受けますでしょ。”継続は力なり”とは良く表現された言葉であると思うのですが、継続性があり、また発展性が見通せたときに、初めてそれがキャリアと呼べるだけの内容に受け止められるのではないでしょうか。そして、そのキャリアが一つ出来上がったときに、僕は既に次の一手を考えています。出来上がったときには、僕の中ではもう過去のものなんですね。だからスピードも速くなるし、周囲のスタッフや仲間も、何処に行き着くのか不安になるくらいに振り回してしまうことも頻繁です。でも、必ず古屋はやり遂げて来るだろうと信じてもらえているようなので、取りあえずは現在のスタッフや仲間は付いて来てくれます』

筆者:『確かに貴方の物事を動かそうとするパワーは、凡人からすると尋常ではないように映ります(笑)。でも、打ち立てたものは滅茶苦茶になりそうになりながらも、必ずやり遂げて行きますよね。だから、コンセプトワードも"Keep The Faith"という印象的とも、強烈とも受け取れるような語句を使用しているのだと思います。しかし、恐怖感というのはないのですか?』

古屋:『僕も生身の人間ですから、何かしらの不安というものを感じることはあります。ただ、コツみたいなものがあって、”ここには注意しなければならない”ですとか、他にも先輩方から沢山の助言を貰いながら物事を動かしています。それに、今の状況に持ち込むまでに気の遠くなるほどの失敗を繰り返していますから、その勘所というものが多少は成長していてるのだと思います。感覚としては、物事を動かそうとして8割は失敗するんじゃないでしょうか。でも、あの手この手を使って、最後にはやり遂げるというのが僕のスタンスです。だから尚更、過去の実績には興味を失っていくんですね』
自分の原点は、やはりアーティストであり、本来あるべき姿に忠実でいたい
筆者:『古屋さんの強固な意志と、原動力というのはどこから来るのですか?』

古屋:『海外制作される好きな番組が”ディスカバリーチャンネル”と”ヒストリーチャンネル”です。地球の起源から、人類誕生、そして紀元前のエジプトやアレキサンドロス大王、ローマ帝国、釈迦、BCになるとイエス・キリストや中世、宗教対立そして日本史にも触れて番組が構成されています。数億年や、数万年単位で物事を捉え、また数千年単位で人類の動向を解説してくれます。この単位で物事を捉え始めると、自分が多少長生きしたとしても80年前後です。逆に言えば、地球の歴史からすれば、ほんの一瞬しか生きられる時間を与えられていないと感じます。だからこそ、自分には一体何が出来るのかを、模索し続けたくなります。『自分がこうと思ったから、これをやり遂げる』それが今までの僕の姿でした。でも最近考えることは、『自分は一体社会に対して何が出来るのだろうか?』という視点に変化しつつあります。ただ何かを模索するのではなく、自らを明確に、そして残された人生にストーリー性を持たせて、本来あるアーティストとしての姿勢というものを見失わないように歩んで行きたいと思えてなりません。表現者として生きる価値を見失いたくないですし、何処へ行き着きたいのか自らの中にヴィジョンが明確でないことも困ります。今までにも、絶対に成功できないと思えたことをやり遂げられたときは、必ずと言って良いほど明確な”絵”が色写真で自らの頭の中に見えていましたし、やり遂げようとした事柄に、自分自身が酔いしれてしまう程の情熱を持ち合わせていました』

筆者:『仰っていることは分かるのですが、理解は簡単でないですね』

古屋:『確かに簡単ではないと思います。僕自身がかなりの時間を費やして模索した考え方ですし、自分の存在意義を自らに唱えた結果ですから。今ここに居る自分、過去の自分、未来の自分。与えられた命をどう扱い、いかに全うするのか。そして正しい形で自らが与えられた責務を果たして行きたいと思っています。それに僕の活動には、多大なサポートを必要とします。表立って活動している背景には、理解者からのとてつもなく大きなサポートが存在しています。改めて、一人では何もできなことに気付かされ、再認識させられる昨今です。活動が大きくなれば大きくなるほどに、責任が増せば増すほどに、外部からのサポートや理解を得られるないと、手も足も出なくなります。周囲の方々は、個別にそれぞれの分野で仕事を分担して僕の活動を支えてくれています。純粋に思いを馳せてくれる訳ですから、僕も純粋なアーティスト精神に満ちていられる環境を作り出す努力は怠らないつもりでいます。
正直なところ、環境的には決して良いとは言えない要因も散乱しています。例えばそれが自ら出てくる情熱の中に潜んだ、おかしな形での野心であるのか?若しくは、外部からのものであるのか?常に自戒を忘れず、周囲からの警告にも柔軟であるよう心掛けています。こうして口にしていることは簡単なのですが、これがいざ現実のものとなると、そう易しいものではありません』

筆者:『
アーティスト精神とは、そこまでして守り切るのが難しいものなのでしょうか?』

古屋:『ええ、とてつもなく難しいと僕は思っています。小学生の道徳的な教えや教科書、もう少し考えを進めれば様々な教典にも出てくるものだと思いますが、”人間とは邪悪である”という定義は、決して間違っていないと思います。何かが噛み合っていないと感じるときは、何らかの悪影響が何処かからもたらされているものです。それが内なるモノから発生しているのであれば、事は結構重大です。外部要因であれば、それを断ち切ればよいのですが、内部となるとそう容易いものではありません。特に注意が必要だと感じるのは、物事が上手く推移し過ぎた時です。上手く物事が行かないときは必死になって成功を目指しますが、”大きな夢をまた一つ形にした”であるとか、”今回の仕事は前人未到であったのではないか”とか、またはギャランティに惑わされたりと、落とし穴は数え切れないくらいに存在しています。
でも、本当にアーティスト精神を保つのであれば、”何があろうが良いモノを創り出す”という信念に動かされて、無駄な感情は一切無く先へ物事を推めようとするはずです。このモチベーションを保つが為にも、先ほどお話した”過去の実績には興味がない”という思考が自然と出来上がってしまったのかもしれません。この考え方が偏っていると思われる方も居らっしゃるかもしれませんが、自分がこれまでに嫌というほどに味わった失敗を思い出すと、あくまで挑戦者として未来を見据える必要性を感じます。セルフコントロールというものは、思いの外簡単ではありません』

筆者:『そこまでして、様々な活動というものは支えられているのですね。最後に今後の抱負についてお聞かせ頂けますか?』

古屋:『とりあえずは、現在の活動を一つ一つ大切に積み上げて行きたいと思っています。一昔前は無駄とも思えたことも、結果的には経験値として自らに蓄積されているので、決して後悔はしていません。でも、この活動は継続し育て上げて行こうと思っているものと、経験としては良かったかもしれないが、これ以上の関わりは持たないと決めているもの、双方に存在しています。基本的にはピアノに纏わるプロデュース全般と、歌手の仕事に注力する姿勢で今後を考えています。どちらも煮詰めれば、まだまだ発展の要素を秘めていますし、常に海外を見据えることが前提での活動になります。物凄く厳しい環境に自らをさらすことになりますが、だからこそこれまでに存在しないような創作も可能だと考えています。どちらにせよ、生涯勉強という姿勢を貫く仕事に就いている訳ですから、今後も難題はあるでしょうが、無限の可能性を秘めているだけあって、挑戦する側としても、かなりの精神力は必要とされると覚悟していますが』


対談は5時間にも及び、ここに紹介した文面は古屋博敏が語った極一部を掻い摘んだものとなった。しかし、彼から感じられる情熱の中に潜んだ純粋さを、少しでも読者の方々にお伝えできたら幸いである。

著:いとうさぶろー
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